れいほく先輩移住者へのインタビュー 氏原学さん


『怒田の景観を守りたい。』
~人間一人の存在が大切な山村で、大学と共に未来を探る~

 

氏原 学さん

移住するまでの経緯

「放棄地があるっていうことは、それを担う人がいなくなるということですよね。今維持されている場所は、誰かが責任をもってつくっていることが見えてきます。そういう風にみると、一人一人の人間をとても大事にしないといけないと考えるようになると思います。」そう話す氏原さんは、高知大学の事務をしていましたが、2年ほど早期退職して帰農。母親が亡くなったことを機に、父親が住む大豊町怒田にUターンで帰ってきました。日々の生活の中で季節の移ろいを感じながら、奥さんと一緒にここでの生活を楽しんでいます。

【生活】
・Uターンで帰ってきてからの生活はどうですか?
自分で計画して自分で何かをするということが体験的にできていいですね。農業というよりは年金ベースの生活で、百姓というべきでしょうね。ここでは時間が非常にゆっくり流れています。いろんな周囲の目や、社会の流れについていかないといけないということがないです。若い世代に嶺北をよびかけていくときに、一番に言えるのは、社会のあわただしい流れの中で、ちょっと踏み止まれる環境があることです。

・地域との関わりはどうですか?
移住から5年が過ぎて、これまでは年金ベースでのんびり暮らすのをよしとしていましたが、過疎高齢化で地域がさびれていく状況の中、怒田の景観を守っていきたいと考えるようになりました。今日も放棄地で田圃を焼く作業をしてきました。自分の田圃以外にもいくつか放棄地のお世話をしています。また、移住者をよぶため、暮らしの実証となるように、ハウスで野菜作りの実証実験をしています。

【地域での活動】
・大学と協力して活動をされているそうですが、どのようなことをされているのですか?
大学の事務をしていた経験を生かして、怒田を学生の授業や教授の研究のフィールドとして提供しています。

■ 学生の授業
学生は基本的に食料をつくる体験をしています。自分たちで耕して種をまき、世話をして収穫し、商品にして売ります。その一通りを体験させることが教育上のねらいだと考えています。中には実地体験をしながら取り組んでいきたいと、実際に住む学生もいます。最初の入り口としてまず来てもらって、ここで生きている人や暮らしを感じてもらえたらいいと思っています。
■ 研究のフィールド
高知大学農学部の教授が、中山間地域の環境を生かして栽培できる作物として、ブルーベリーやキュウイフルーツを研究栽培しています。

【農業】
・怒田では他にどのような栽培をされていますか?
今年からツムラと契約で、ミシマサイコという植物の試験栽培を行います。また、ヒマワリ乳業と契約で無農薬ケールを栽培している農家が多く、周りが農薬を使えない状況にあります。そのため多くが無農薬・減農薬で、化学肥料も少なく有機に向かっています。

【夢】
・これからの夢を聞かせてください。
怒田の山村らしい景観を守っていきたいですね。そのために何をするのか、やることは色々あります。大学と協力しながら授業や研究を通して耕作地を維持し、その成果としてIターンUターンを一人でも引き込みたいです。ここに住んでいたら生涯の目標です。

移住希望者へのメッセージ

もしこういう環境の中で生きてみたいという人がいたら大歓迎です。極端にいえば私の家を空けてでもやります。是非見に来てほしいし、体験が必要だったらそういう時間もつくります。



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