れいほく先輩移住者へのインタビュー 山本福太郎さん


『ふらり嶺北暮らし』
~暮らしを旅する仲間が集う~

山本福太郎さん

移住するまでの経緯

定年退職後の2003年5月に、ご家族のいる大阪から、生まれ育った土佐町の実家に戻ってきました。大阪と土佐町を行き来しながら、ここで暮らし始めて7年になります。その間、大阪から森林ボランティアで共に活動しているメンバーを中心に、年間100人以上の方々が山本さんの家を訪れ、森林ボランティアや農作業、そして観光などを楽しむ機会が増えていきました。いつしか山本さんの家は、田舎暮らしを体験できる拠点として広く親しまれるようになりました。

【活動】

・森林ボランティアではどのようなことをされているのですか?
早明浦ダムに関わっている徳島県や愛媛県のボランティア団体とダムの人達と一緒になって、ダムの周りを整備しようといってできた団体、「早明浦水源の森ネットワーク」で活動しています。木を切った後に、どんぐりを苗にしてまた山に植えています。なんかに食われてしまうこともあるけど、山に植えるのも楽しみの一つで毎年やっています。

・山の仕事は小さい頃からされていたのですか?
大阪へ行ってから森林ボランティア活動を始めました。大阪の公園の整備や、信貴山や生駒とか、国有林の整備なんかをやって、助走期間を大阪で過ごしました。家に戻ってきたら山仕事をすると思っていましたからね。本職は団体職員で農林業に関わる仕事ではなかったです。

・大阪での森林ボランティアの仲間が多く訪れてきているそうですが、話を聞かせて下さい。
大阪から年に100人以上来ています。薪で焚いたお風呂に入りたいといってね。私が定年で高知に帰るとなったら、私らも高知に行かせてっていうことで。大阪は日本で一番森林が少ないところ、高知は日本一ですよね。それでか、何でか、高知に来たいそうです。田舎の良さを都市部の人に出来るだけわかってもらうための拠点になっているということは確かです。

・大阪から訪れた方々は、ここでどのようなことをして過ごされているのですか?
例えば、1日山仕事をして、1日は龍馬伝を見に行って(観光)、3日目は畑の体験作業をして、収穫したものをお土産に持って帰ってもらいます。大阪に帰ってからさつまいもがおいしかったって、また送ってって電話がかかってきたりして。そうするとまた接点が出てきますよね。ここを拠点にして、今日もいの町の方へ間伐に行っている人もいるし、窪川の自然塾へ農業の勉強に行くから泊まらせてという人もいて、色々なパターンがあります。セカンドハウスとして来てくれる人も少しずつ増えています。

【暮らし】

・土佐町に帰ってきてからの暮らしはどうですか?
自給自足まではいかんですけど、色んな農作業をしながら暮らしています。今は大根を干したりしてね、甘くなりますよ。大阪へのええお土産になります。これが済んだら5月は梅を漬けて、らっきょうを漬けて、大体保存食にしています。自然のパターンてのがあるけど、忘れてたのが少しずつ分かってきました。そこに福寿草の蕾があるけど、これが一番先に咲きます。その次にあなたの番ですよって指さしたら次のが咲いて、咲く順番があって面白いですね。蕗の薹(ふきのとう)の芽もあちこち出始めて、次はつくし、そして3月は曼珠沙華が咲きます。

・ご家族の反応はどうですか?
僕は一人でここに住んでいて、家族は大阪にいます。自分の家が大阪にあって、(奥さんが)大阪で生まれ育って塾をしていて、まだ収入源は大阪にあるんです。子供や孫も大阪にいるから、向こうにおってもらった方がいいかもわからんですし。何日かに一遍は電話をしてくるし、僕からもします。「ちょっとずつそっち行くから、息とめんと頑張りや」っていう印です。

・大阪に帰ることは多いですか?遠くないですか?
2ヶ月に一遍の割合で大阪に帰ります。僕はよく登山に行くから、例えば長野の山に行った帰りに寄るとか、滋賀に森林ボランティアに行く前後に帰ったりしています。家族は夏休みや春休みに孫らを一緒に連れてこちらに来ますね。

・大阪まで遠くないですか?
慣れたら早いですね。四万十に行くよりはずっと早いです。新幹線で帰ることもあるけど、殆ど高速バスですね。

・土佐町と大阪を行き来する生活はどうですか?
ここで生涯居るつもりやから、家族が大阪から移ってくるかは分からんけど、あんまり深く考えんどこうと思っています。これ以上のところはないですよね、どこ探しても。この素晴らしい自然がある所で可能な限り過ごしたいです。

【移住】

・「嶺北移住者の会」や「れいほく田舎暮らしネットワーク」という移住関係の団体で活動しているそうですか、どのようなことをしているのか話を聞かせて下さい。
戻ってきてすぐ、移住してきた人たちのところを回ったのですが、定年前の50代ぐらいの人、もしくは20~30代の人、その両極端の人がいました。その人達を中心に、更に嶺北中の移住情報を聞いて回りました。今、嶺北地域に移住してきた人が約100所帯で、大豊町・本山町・土佐町・大川村も割合均等にあります。4年ぐらい回って、2007年に「嶺北移住者の会」「れいほく田舎暮らしネットワーク」を立ち上げました。
どこまで出来るか分からないけど、高知では移住関係を広域でやっているのはここだけだそうです。何とか一人前になるようにしたいですね。その一つが、このホームページの作成でもあります。これで全国からの問い合わせが出てくれば、今後の助けになると思っています。

・嶺北の生活環境はどうですか?
嶺北は海も見えるし、山も川も谷もあるし、空気も高知市内よりはるかにいいですよ。観光旅行で行くなら、四万十や高知市は上り調子かもしれないけど、実際に住むんだったら嶺北がええよと言いたいですね。住む環境からいえばこれ以上の自然の中はないんじゃないかと思います。日常生活で不便はありませんし、高校まであるので、子供の学校の勉強にも問題はありません。

【地域】

・嶺北の魅力はなんですか?
移住してきた人にアンケートをとった中で、「どこか他所へ移ることを考えていますか?ここに一生いることを考えていますか?」というような質問をしたことがあります。それに対して、「移りたくない」と全員が答えていました。その理由を聞いたら、嶺北の人の心の繋がりが切れないということでした。心と心の繋がり、人と人との出会いがあって、いつまでも大事にしていこうという気持ちは、嶺北の人は殊の外強いし、そこが気に入ったという人が多いですね。そこに尽きると思います。

【未来】

・これからの目標や楽しみについて教えて下さい。
嶺北に移住してきた人がもっと住みたいなという声を挙げられるような組織や繋がりをもっと密にして、強めていきたいと思います。また一方で、山を整備する人も歳がいって高齢化社会になってきた中、僕らが可能な限りやっていこうと思っています。自然の中の生業というのは、やっぱり自然界を祖先から受け継いできているわけだし、この間の異常気象なんかを考えたら、杉檜なんかをほったらかしにしておくことは出来ませんよね。今、限界集落なんて言われてるけど、大豊町は平均が50歳を越してるからね。そんなことを考えたら、嶺北に移住してくる人を真剣に増やしていかないとね。黙って見ておくわけにはいかないですよね。鍵は移住してくる人を増やすことです。

■ 嶺北民宿部会
嶺北にも民宿はありますけど、1件だけではなかなか商売にならないので、数件が一緒になって共同広報して打ち出していくことを考えています。「嶺北民宿部会」とか。業にはしにくいと思うけど、何とかそれをものにしたいですね。
■ 嶺北の定食・山菜
 嶺北はすごくおいしいものがあるけど、他所から来た人が来て食べられるような、これが嶺北の定食よってものが出来てないんですよね。春なら、嶺北のピカイチの山菜をいくつか入れて山菜弁当にするとかね。山菜はあるものなのに、持ち腐れになっていると思います。大阪から来た人に、「嶺北の山菜のうまいやつ食べに行こう」って言えるようにしたいですね。

色々思いはあるけれど、なかなか簡単にはいきません。今本山町が色んな所で評判になっているから、それを力に一歩一歩階段を上がっていったらいいものが出来ると思っています。
■ 棚田見学、里山コース
僕が今ここでやっていることの一つに、近くにある綺麗な棚田を見学コースにすることがあります。体験施設をつくって、座って食事が出来るようにしようと思っています。それから、手を付けようとしているのが、近くに池の水が流れていて、そこをセラピーロード、癒しの里山コースにしようと思っています。勉強になるし、癒しにもなると思ってやっています。

移住希望者へのメッセージ

「住んでみんかよ、嶺北に!」を合言葉に4回シンポジウムをやってきて、ちょっとずつ移住者は増えていっています。ただし、アピールが足らなかったり、住む家の確保、若い人が移住してくる場合にはやっぱり仕事が必要で、そこが鍵になると思います。嶺北には空き家が結構あって、手の付いていないものもあります。何百年も先祖が住んできた家をほったらかすのも、壊すのももったいないです。空き家を確保し、移住者が増えるよう力を注いでいきたいと思っています。



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