大豊町でシェアハウスを運営する休学フリーランス


2017年3月29日

【この記事は、田舎ラボ事業の一環です。嶺北の暮らしや移住に興味を持つ若者が、地域での仕事やナリワイに焦点を当てた取材をお届けします】

*今回のインタビュー取材相手

林 利生太(はやし りゅうた)

1994年  兵庫県生まれ
小学時代から柔道をはじめ、高校でも柔道に明け暮れるも、クレーン車にひかれて生死をさまよう経験をする。

高校卒業後は高知大学に進学し、大学祭実行委員長など精力的に活動。

大学4年次を前に休学を決意し、四万十町、栢島でインターンを経験したのち、大豊町へ移住。

現在は「NPO法人ONEれいほく」で働くかたわら、憩いの洋館「ハヤシはうす」を運営している。 

 

 

── 休学までの経緯を教えてもらえますか。

林利生太(以下 林) もともとは教員志望で、高知大学の理学部に入学しました。在学時代は大学祭の実行委員長をするなど、積極的に活動していました。その時はパンフレットの作成などで大学外の大人と関わることも多く、いい経験ができたと思います。

 
── なるほど。そうだったのですね。

林 学校教員になる道に迷いを感じ始めたのは、大学3年次を終了して、教員採用試験に向けて本腰を入れて勉強し始めたころです。

周りの人たちは必死になって勉強しているのに、自分はなぜか勉強に集中できなかったんです。これまで自分は必要な時にはきちんと勉強するタイプだったので、その時はかなり悩みました。

 
── それで休学を考えたのですね。

林 教員採用試験の勉強に集中できず焦る半面、自分はまだまだ知らないことが多いと感じるようになりました。

教師になるにしても、このままなっていいのか?

そんな気持ちが次第に強まり、思い切って休学することにしました。

 

 

現在は、NPO事務局長の仕事とシェアハウスの運営に尽力している林さんですが、1年前には大学生特有の将来への悩みを抱えていたとのこと。 

就活を前に悩む学生はたくさんいますが、そのタイミングで休学という選択をるのはめずらしい選択であるのと同時に、勇気がいる決断であると感じました。

 

ここからは、休学してからの活動を追っていきます。

興味のままに学び、多くを経験する

── 休学してどのような活動をされていましたか?

林 はじめから休学中にやりたいことが明確だったわけではありませんが、とにかくいろんな経験をしようと思いました。

大学祭の実行委員長をした時のつながりで、四万十町の農業ベンチャーでインターンシップに行きました。そこは、高知県の特性を生かした第一次産業の循環モデルを実践している企業です。ほとんど農業の経験はありませんでしたが、農業の楽しさを身をもって実感できました。

 
── 柏島にも行っていましたね。

林 はい、4月から6月の中旬まで柏島にいました。僕は幼いころから海が好きだったので、高知は海がきれいなのに大学生活中に海に行っていなかったので、思い切って柏島へ行くことにしました。

 
── なるほど。

林 柏島に行くまでは何のつてもない状態でしたが、黒潮実感センターというNPOで働かせてもらえることになりました。

そこでの仕事はものすごくいい経験になりました。小学生に海の環境について教える機会もいただけたりもしました。

その時に思ったのが、教員でなくても教える仕事はできるということ。

「やっぱり自分がやりたいのは学校の教員ではないんだ」という思いがさらに強まった出来事でした。

 

 

自分がこのまま教員になることへの違和感を感じ続けていた という休学前。

休学してからは一変して、やりたいことを興味が向くままに経験してきたことが伝わってきます。

 

積極的に学びの場をつくり、その経験から自分にしっかりと向き合えているように感じました。

大豊町の碁石茶親衛隊の隊長に

── 嶺北へこられたのきっかけはどんなことだったでしょうか?

林 大学の先輩だった矢野大地さんに碁石茶親衛隊の誘いを受けたのがきっかけです。

碁石茶とは、日本で唯一大豊町だけで400年もの間つくられてきたお茶で、近年は健康効果が実証されて人気を博しています。

ただ、需要が増加する一方で生産者の高齢化がすすんで、その現状を改善しようという活動が碁石茶親衛隊です。碁石茶親衛隊では隊長となり、7月末まで活動しました。

 

── なるほど。それがきっかけで大豊町に住みはじめたのですね。

林 そうですね。碁石茶親衛隊で活動しているときに、大豊町にある空き家の物件を譲ってもらえる話がきたので、そこに住むことにしました。

ちょうど大豊町の中心部にあるので、田舎暮らしという感覚は少し薄れますが、交通アクセスも良く暮らしやすい環境です。

── 嶺北で暮らして特別に感じたことは何かありますか。

林 とにかく面白い人が多いです。それは移住者の方も地元の方も関係なくですね。

それから、川がとてもきれいでお米も美味しいので、嶺北のお酒は物すごく美味しいです。他にも生こんにゃく山の山菜だったりと、美味しいものがたくさんあります。

 

 

碁石茶の仕事で初めて大豊町に来て、いい機会だと感じたら思い切ってすぐに物件を借りて住んでみるという行動力におどろかされます。

その根源は、より多くのことを経験したいという気持ちの表れなのではないかと感じました。

 

彼の話し振りら嶺北での暮らしがとても楽しということが伝わってきます。

そこにいる人が面白いこと・食べ物が美味しいことは、幸せな暮らしを送る上でなにより大切なことではないでしょうか。

憩いの洋館「ハヤシはうす」をオープン

引用:http://d-illust.com/hayashi-house/

── 10月にハヤシはうすをオープンしたと聞きましたが、なぜシェアハウスを運営しようと考えたのでしょうか。

林 嶺北地域には田舎暮らしを求めて移住してくる人がたくさんいます。なので、この家をシェアハウスにすることで、田舎暮らしをしたい人がより嶺北に入りやすい環境をつくりたいと思いました。幸いにもとても大きな物件を借りられて良かったです。

 

── 移住を求めて来る人がたくさんいるのですね。

林 大豊町は家賃が安いうえ、シェアハウスにすることで金銭的な面で嶺北に来るハードルを下げることができます。交通の便もいい立地なので、田舎初心者の人にも暮らしやすい環境です。

 

── なるほど。シェアハウスをはじめて6か月が経ちましたが、やってみてどう感じますか。

林 運営をはじめて3か月で、のべ190人もの人が来てくれました。想像以上に人が集まって驚いています。

やはり生活費は安く抑えられています。あとは家に帰ったときに人がいる安心感と、みんなで食卓を囲む幸せも感じています。

 

── そんなにたくさんの人が来ているのですね。

林 シェアハウスは「出会いの掛け算の場所」です。それほど人が来るようになったのも、人が人を呼んで、よりたくさんの繋がりが生まれたからだと思います。

 

── そうなのですね。シェアハウスを運営する上で何か大変なことはありますか。

林 食費や部屋の備品などのお金の管理や、ルームメイト同士の人間関係は難しいと感じることもあります。ただ、在学時代から友人とルームシェアしていた経験があったので、僕自身はそれほど苦労した思いはありません。

 

── そうなのですね。最後に、ハヤシはうすの今後の展望を教えてもらえますか。

林 若い自分がここでシェアハウスを運営して腰を据えることで、同じ若い人が高知に入る入口のような場所にしていきたいと思っています。

嶺北以外の地域に住みたい人も当然いるので、高知にきた人は嶺北だけにこだわらず、その人に合う地域を紹介したりしながら、高知県を盛り上げていきたいと思います。

若い自分がシェアハウスを運営することで、若者が高知県に入ってくるハードを下げていきたい。

ハヤシはうすを運営する林さんはそう語ります。

 

「自分がこのまま学校の教員になっていいのか?」という疑問から休学を決意し、積極的に行動して自らと向き合ってきた彼だからこそできることかもしれない と感じました。

これだけたくさんの人が集まることからも分かるように、嶺北には大きな魅力があるように思います。

 

今後も、ハヤシはうすに多くの人が訪れることで、さらに面白い人と人の繋がりができていくのではないでしょうか。

NPO法人ONEれいほくで働くかたわら、ハヤシはうすを運営する林さんに今後も目が離せません。


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