元パリピ大学生が田舎で起業? 地方から若者の希望をつくり続ける男


2017年3月29日

【この記事は、田舎ラボ事業の一環です。嶺北の暮らしや移住に興味を持つ若者が、地域での仕事やナリワイに焦点を当てた取材をお届けします】

パリピという言葉をご存知でしょうか。

パリピとは、若者言葉・スラングの一種で、パーティーピープル(party people)の略です。
パーティーが好きすぎて、頭の中までパーティーな人々のことを意味します。
 
毎日飲み会で騒いでいる大学生を思い浮かべていただければいいでしょう。
そんないわゆるパリピ大学生だった男が、田舎で起業したという話を聞きました。
 
 
今回は、その当事者である矢野大地さんにインタビューしてきました。
 
東北で活躍する同世代たちを見て考えが変わった
── 今日はよろしくお願いします。早速ですが、大学生時代パリピだったという話を聞きましたが本当でしょうか。
 
矢野大地(以下 矢野)本当です 笑。毎日サークルと飲み会とバイトばかりしているような大学生でした。
 
友達はたくさんできて、毎日ほんとに楽しかったんですが、大学3年生になって進路を考えるようになって、これでいいのかと迷いはじめました。
小学生のころから先生になりたかったんですが、このまま先生になってしまっていいのか みたいな。
 
 
── 長年の夢だった先生を考え直すきっかけってあったのでしょうか。
 
矢野 ちょうど東日本大震災の支援に行く機会があって、そこでの経験がすごく大きかったです。
そこでは自分にできること・自分がやりたいと思うことを形にしている同年代の人がたくさんいました。
それを見て「就職しないといけないんだ」という前提を抜きにして、本当にやりたいことを考えたときに就職はないと思えたんです。
 
 
地域での活動の楽しさ 広がる活動範囲
── そうだったのですね。では、就職をしないで卒業後はどんな活動をしていこうと思っていたのですか?
 
矢野 4年生から大学の先生の紹介で、八畝(ようね)という地域の耕作放棄地の再生に関わっていました。
最終的には、シャクヤクの花を植えるためのクラウドファンディングを成功させたりしました。
 
 
そのときにmただ労働力を提供するだけの支援じゃなくて、インターネットを活用したり、若者ならではの視点を提供したり、人を呼んだり という、僕たちにしかできない支援の形があることを実感して、地域での活動の面白さに目覚めました。
 
 
とはいえ、そうした地域での活動だけでは生計を立てれないので、卒業間近までどうすればいいのか悩んでました。
それで高知に移住していたブロガーのイケダハヤトさんに、ダメもとでアプローチしてみたら、アシスタントとしてサポートしてもらえることになって、やっと地域での活動を続ける基盤ができました。
 
 
そうやって動いているうちにどんどん活動の幅が広がっていって、それをまとめるためにNPO法人を立ち上げることにりました。
それで出来上がったのが、僕が代表を務める「ONEれいほく」です。
 
起業をするのはあくまで手段 
── 一般的な会社の企業ではなくNPOという起業の形なのですね。
 
矢野 そうですねだ。すでに自分がやっていることを、よりうまく回すために起業するのが良いと思ってそれを形にしました。
やってきたことをつなげていったら、事業になっていた、みたいな感じです。
好きなことを仕事に って、要はそういうことだと思います。結果的に広がっていった というスタンスが大事なのではないかと。
なので、最近になってやっと経営者の意識が自分の中にも芽生えてきたかな という感覚です。
 
 
── そうだったのですね。ONEれいほくは具体的にはどんな事業をしているのですか?
 
矢野 最近の動きでいえば、「碁石茶親衛隊」というものがあります。
これは、大豊町で伝統的に生産されている幻のお茶「碁石茶」を衰退させないために短期雇用の仕事を親衛隊として雇って、労働力をサポートする事業です。
 
昨年は、この親衛隊に参加した10名のうち7名が、この地域に移住しました。
 
あとは、農業のインターンシップを企画や運営をしたり、地域の高校生向けの自己理解プログラムを組んで運営したりしています。
初年度で行政関係の受託事業が多かったので、来年度は自己資本の事業を増やしたいと思っています。
地方から若者が希望を持てる社会を

── 本当に様々なことをやっているんですね。統一した理念やビジョンはあるのでしょうか?

矢野 ONEれいほくは「若い人が希望を持てる社会をつくる」というビジョンを持って活動しています。
現代は生き方が多様になって選択肢は多いはずなのに、若い人にはなかなか選択の余地を与えられていないように思います。
そうなると、将来の展望をもって活動することってなかなかできない。
だから地方でこんな事業をすることで、あらためて生き方を見直したり、何らかのスキルをつけたり、自分の足で立てるようになったり という「場」がつくって欲しいと思っていて。
 
今後、そんな人が来れる村みたいなものを会員制でつくっていけたら楽しいなあ と思っています。
 
 
 
── それはすごくいいですね。矢野さん個人の将来のビジョンは何かあるでしょうか?
 
矢野 僕は、百姓になりたいと思っています。
それは農業の百姓という意味だけでなく、読んで字のごとく「百」の「なりわい・スキル」を持つ人になりたい ということです。
いろんなスキルを持つことで、自分の生活を自分で作っていきたいと思っています。
 
まずは、3年後に「50姓」を目指します。
 
 
暮らし方から働き方を考える ということ
矢野さんとお話しをて、暮らし方から働き方を考える という生き方を見たように感じました。
 
これまでの一般的な生き方は「働き方」によって決定づけられていたのかもしれません。
仕事がこういう時間・場所・条件だから こういう暮らし方をするしかない そんな風に狭まった暮らしを決めていたように思います。
 
 
でも、実際はそうではない「こんな暮らし方がしたいから、働き方はこうする」という決め方があってもいいのではないでしょうか。
これからの生き方は、むしろそうやって決められるべきである と言ってもいいように感じました。
 
 
それほど、矢野さんの生き方は力強く、しなやかに感じました。
暮らし方と、働き方。
それらを考えるヒントが、嶺北にはつまっているようです。
 

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